Space Pidgin/解説
00はじめての人へ
スペースバルーンとは?
風船がふわりと浮かぶのと、原理は同じです。ただし向かう先は高度30km。旅客機の3倍の高さで、空が黒く見えはじめる場所です。どうして、そんなところまで上がれるのでしょうか? 仕組みから歴史、いま何に使われているのかまで、順番に見ていきましょう。
Space Pidgin/解説
00はじめての人へ
風船がふわりと浮かぶのと、原理は同じです。ただし向かう先は高度30km。旅客機の3倍の高さで、空が黒く見えはじめる場所です。どうして、そんなところまで上がれるのでしょうか? 仕組みから歴史、いま何に使われているのかまで、順番に見ていきましょう。
01縮尺
スペースバルーンが向かうのは、高度30kmくらいのところです。じつはここ、「宇宙」と呼ぶにはまだ少し足りません。それでも空は黒くなり、地球の丸みが見え、気圧は地上の100分の1ほどまで下がります。宇宙にいちばん近い「空」、それが『成層圏』です。数字を並べてみると、その高さがよくわかります。
高度30kmは宇宙ではなく、『準宇宙(near space)』と呼ばれる場所です。つまりスペースバルーンがしているのは、「宇宙へ行くこと」ではありません。宇宙の入口まで上がって、確実に帰ってくることなのです。この「帰ってくる」が、あとでとても大事になってきます。
02仕組み
特別な装置は、じつは何も使っていません。船が水に浮かぶのと、まったく同じ原理なのです。4つのステップで見ていきましょう。
ヘリウムや水素は、空気よりもずっと軽い気体です。袋に詰めると、押しのけた空気の重さのぶんだけ上向きの力が生まれます。これが『浮力』。ヘリウムなら、1立方メートルあたり約1kgを持ち上げる力になります。お風呂でビーチボールを沈めると、ぐいぐい押し返してきますね。あれと同じことが、空気のなかでも起きているのです。
高く上がるほど、まわりの気圧は下がっていきます。外から押さえつける力が弱くなるので、中のガスはどんどんふくらむのです。地上で直径2〜3mだった気球が、高度30kmでは直径20〜30mにもなります。上がる速さは毎秒5mほど。歩くより少し速いくらいで、意外なほど静かに上がっていきます。
ゴムでできた気球は、ふくらみの限界に達して破裂します。だいたい高度30〜35kmあたりです。これは失敗ではなく、最初からそう決められた終わり方なのです。いっぽう、ふくらみきっても壊れない気球もあります。こちらはまわりの空気と重さが釣り合う高さで水平に飛びはじめ、そこに留まり続けます。この違いが、次の「種類」の話につながっていきます。
気球が割れた瞬間から、パラシュートが効きはじめます。積んだ機材は、ゆっくり減速しながら落ちてきます。位置はGPSと無線で追いかけ、着地したら回収へ。回収できてはじめて、データも機材も次の飛行に活きるのです。じつは、飛ばすことよりも回収のほうが手間のかかる仕事だったりします。
水素のほうが安く、浮力も約8%大きい気体です。ただし、燃えやすいという性質があります。人が近づく場所や市街地の近くでは、燃えないヘリウムが選ばれます。とはいえヘリウムは価格も供給も変動が大きく、運用のコストを大きく左右する存在です。
大型の科学気球の外皮は、薄いポリエチレンフィルムでできています。厚さは数µmから20µmほど。台所のラップが約10µmですから、それと同じか、もっと薄いのです。軽ければ軽いほど高く上がれるので、薄さがそのまま到達高度になります。
03種類
何を積んで、どれくらいの時間、どこにいたいのか。目的によって、選ぶ気球が変わってきます。
いちばん手軽で、いちばん数多く飛んでいる気球です。ふくらみ続けて、限界で破裂するまで上がります。天気予報のためのラジオゾンデも、学生が撮る成層圏の写真も、多くはこのタイプ。使い捨てです。
下のほうが開いていて、余ったガスを逃がす構造です。内と外の気圧差がゼロになるので、この名前がつきました。夜になると冷えて沈んでしまうため、バラスト(重り)を落として高さを保ちます。重いものを高く運べる、科学観測の主力です。
こちらは完全な密閉型です。中の圧力を高く保ち、ふくらみきった形を維持します。夜になっても沈まないので、バラストなしで同じ高さに居続けられるのです。長く飛び続けたい用途、たとえば通信や長期の観測はこのタイプになります。
地上とロープでつないだまま上げる気球です。流されないので、落下地点を予測する必要も、追いかける必要もありません。高さは数十〜数百mほどですが、機材も手順もチームも、ここで実地に確かめられます。自由飛行の前に必ず置かれる、大事な一歩です。
高度 約30km
04歴史
気球は、決して新しい技術ではありません。人類が最初に空を飛んだ乗り物であり、成層圏に最初にたどり着いた乗り物でもあるのです。飛行機より120年も早く、ロケットよりずっと早く、気球は人を空へ運んでいました。240年の歩みを、駆け足で見てみましょう。
モンゴルフィエ兄弟の熱気球が、パリで人を乗せて飛びました。ライト兄弟の初飛行より、なんと120年も前のできごとです。
英国のグレーシャーとコックスウェルが、高度約9kmまで上がりました。気温と気圧を測るための飛行でしたが、二人とも酸素が足りずに意識を失いかけています。高く上がることの危険が、はっきり示された飛行でした。
オーギュスト・ピカールが、与圧ゴンドラで15,781mに到達しました。「気密のカプセルに人を入れて運ぶ」というこの発想が、のちの宇宙船へとつながっていきます。
米国のExplorer II号が22,066mに到達しました。宇宙線を観測し、地球の丸みがわかる写真を持ち帰っています。
ジョセフ・キッティンガーが、31,333mの気球から飛び降りました(Excelsior III)。高いところから人が生きて戻れるのかを、自分の身体で確かめた飛行です。
米海軍のStratolab Vが到達しました。当時としては、有人気球の最高高度です。
日本の宇宙科学研究所(現JAXA)の超薄膜気球が、53.0kmに到達しました。当時の無人気球の世界記録です。
レッドブル・ストラトス。フェリックス・バウムガルトナーが38,969mから降下し、「成層圏」という言葉が一気に広まりました。
JAXAの超薄膜高高度気球(BS13-08)が、厚さ2.8µmのフィルムで53.7kmに到達しました。無人気球の到達高度の世界記録として、いまも破られていません。
アラン・ユースタスが到達し、そこから降下しました。2012年との大きな違いは、与圧カプセルではなく宇宙服ひとつで上がったことです。
GoogleのLoonです。スーパープレッシャー気球で最長312日という連続滞空を達成しましたが、事業としては成り立たず、2021年に終了しました。技術が成立することと、事業が成立することは別。この教訓は、いまも業界に残っています。
長いあいだ国家の研究プロジェクトのものだった成層圏に、観測・通信・技術実証・観光の民間プレイヤーが入ってきています。Space Pidginも、そのひとつです。
05用途
宇宙まで行かない乗り物に、どうしてこれだけの人と予算が注がれてきたのでしょうか。答えは、高度30kmが「観測するにも、試すにも、とても都合のいい場所」だからです。
気温・気圧・湿度・風を、その場で直接測ります。『ラジオゾンデ』と呼ばれる観測用の気球は世界各地から毎日上げられていて、いま見ている天気予報の土台になっているのです。オゾンや温室効果ガスを採ってくることもできます。
大気は、光を吸ってしまいますし、揺らがせもします。その99%より上に出れば、宇宙望遠鏡に近い環境が、桁違いに安く手に入るのです。赤外線・ガンマ線・宇宙線・宇宙背景放射の観測が、これまで気球から行われてきました。
衛星より近く、飛行機より長く、しかも同じ場所に留まれます。この「近い・長い・留まれる」の組み合わせは気球だけのもので、災害の監視や、農地のリモートセンシングに向いています。
成層圏に基地局を置いてしまおう、という考え方です。地上の鉄塔よりずっと広い範囲をカバーでき、衛星よりはるかに近い。災害で地上の通信網が落ちたときの復旧や、インフラの薄い地域への通信に期待されています。
真空に近い低圧、−50℃前後の低温、強い紫外線。宇宙で使う部品を、宇宙に近い環境で、安く・早く・何度でも試せます。しかも壊れても回収して、直して、また飛ばせるのです。
学生が数万円規模でカメラを成層圏へ上げられます。宇宙分野で、これができるのは気球だけです。さらに近年は、与圧キャビンで人がゆっくり上がっていく商業飛行も立ち上がりつつあります。
06比較
気球は、高さではロケットにかないません。それでも勝てるところが3つあります。回数と、コストと、回収です。
| スペースバルーン | 観測ロケット | 人工衛星 | |
|---|---|---|---|
| 到達する高さ | 30〜50 km | 100〜300 km | 軌道(300 km〜) |
| 1回のコスト | 最も安い | 中 | 最も高い |
| 準備にかかる時間 | 短い(週〜月) | 中(月〜年) | 長い(年単位) |
| 実験できる時間 | 数時間〜数百日 | 微小重力で数分 | 数年 |
| 機材の回収 | できる | 一部できる | できない |
| 打上げ時の振動 | ほぼない | 大きい | 大きい |
| 微小重力 | ほぼ得られない | 数分間 | 常時 |
| 最大の制約 | 風と天候、空域の許可 | 射場が要る | 上げたら直せない |
10回失敗して、11回目に成功する。そんな進め方ができるのは、気球だけです。ロケットも衛星も、1回の失敗の代償が大きすぎて、その進め方が取れません。ですから気球の価値は、「宇宙へ行ける乗り物」であることではないのです。宇宙へ行く準備を、何度でもやり直せる場所であること。そこに価値があります。
07限界
できることばかり並べても、実際に飛ばすときの役には立ちません。現場で必ずぶつかる壁も、先にお伝えしておきます。
08私たちの場合
Space Pidginは、成層圏気球を「観光の商品」としてではなく、R&Dのためのインフラとして育てています。繰り返し飛ばして、毎回データを持ち帰って、一段ずつ確実に登っていく。そのために、いちばん安くて速い階段が気球だったのです。
そして、その階段には行き先があります。宇宙エレベーターです。気球で積み上げていくもの——高いところで運用した経験、素材の実データ、通信と回収の手順、当局との関係——は、そのまま次の一段の土台になります。
09よくある質問
行きません。国際的に「宇宙」とされるのは高度100km(カーマンライン)からで、スペースバルーンが向かうのは30km前後。その3分の1以下です。それでも空は黒く見え、地球の丸みが見え、気圧は地上の約100分の1になります。この領域を『準宇宙(near space)』と呼びます。
一般的なゴム気球で30〜35km、大型の科学気球なら40km台まで上がります。無人気球の到達高度の世界記録は、JAXA宇宙科学研究所が2013年に記録した53.7kmです。人が気球で到達した最高高度は、2014年のアラン・ユースタスによる41,419mになります。
ゴム気球の自由飛行なら、上昇に約1.5〜2時間、破裂したあとのパラシュート降下に30分〜1時間で、合計おおむね2〜3時間です。高度を保って飛び続ける設計の気球であれば、数週間から数百日という滞空も可能になります。
カメラ、気温・気圧・湿度のセンサー、GPS、無線機、試してみたい部品や素材など、さまざまです。小規模なものは1〜数kg、大型の科学気球になると1トンを超えるペイロードを運びます。
ゴム気球は限界までふくらんで破裂し、破片はペイロードと一緒に落ちてきます。落下はパラシュートで減速され、機材はGPSの位置情報をたどって回収します。回収できてはじめて、データも機材も次の飛行に活きるのです。
教育目的の小さな気球は世界各地で学生も飛ばしていますが、空域は航空当局の管理下にあり、国ごとに通報や許可の手続きが必要です。積んでいく無線機も、その国の電波の規則に合っている必要があります。手順さえ踏めば、個人や学校でも十分に手の届く領域です。
10画像クレジット
掲載している写真は、パブリックドメイン(著作権による利用制限のない素材)か、Space Pidgin が自分で撮影したものです。出典を明記します。
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